アリとキリギリスと

学校の近くの定食屋(?)においてあった子供向けの昔話の絵本を読んでいて、「ってかキリギリスって冬まで生きてないじゃん」という永遠のテーマに挑みたくなった、というアレ。まぁ、世の中こういうものなのです。たぶん。
季節というのは、うつりかわってゆくものです。それはとてもゆっくりとしているようで、みんな「まだまだあたたかいね」なんて言ったりします。だけど、ふと気づいたときには、「ああ、もうすっかり冬だな」というくらいに寒くなっていて。これは、そんなある夕暮れ時の、おはなしです。

あるところに、キリギリスがいました。名前はありません。いきものというのは、名前がなくてもかまわないのです。本当なら、物語をする上では名前が必要ですが、このおはなしにはキリギリスは一匹しか出てこないので、「キリギリス」と呼ぶことにします。おぼえていてください。

まだ、ずっとずっとあたたかくて、そう、まわりにはセミや、バッタや、カマキリのような虫がたくさんいた頃です。虫たちは毎日のようにあちこちでうたをうたったり、楽器をひいたりしました。まだ若かったキリギリスも、ほかの虫たちに負けじと、毎日のようにうたって過ごしていました。

たべるものには困りませんでした。その頃はまだ、あちこちにたべものがあったからです。キリギリスは、来る日も来る日も旅をして、あちこちでうたいました。自分がうたうのを聴いてよろこんでくれる誰かがいるだけで、キリギリスはこの上なくしあわせなのでした。

そんなある日のことです。キリギリスが日陰でやすんでいると、そばをアリがたくさん通ってゆくのがみえました。みなせっせとはたらいています。キリギリスはふしぎに思いました。「どうしてそんなにいっしょうけんめいはたらくの?」列をはずれて休んでいたアリの一匹に、キリギリスは聞いてみました。「そんなにはたらかなくても、たべるものならたくさんあるじゃないか」

アリはびっくりしましたが(キリギリスは、アリよりずっと大きいのです)、こうこたえました。「今は困らなくても、だんだん寒くなってくると、たべるものがなくなってしまうのです。ほら、木の葉がすこしずつ色づいているでしょう?これからは、寒くなるばっかりです」

キリギリスはおどろきました。無理もありません。これからもたべるものは行くさきざきにあると思っていたからです。「こうしちゃいられないぞ」キリギリスはそう思って、アリにお礼を言うのもわすれて飛びたちました。

やがてキリギリスは、たべものをたくわえておける大きなすみかを見つけて移り住み、せっせとはたらくようになりました。昔のようにうたうことはすっかりなくなってしまい、それを残念がる虫もおおぜいいましたが、キリギリスははたらきつづけました。キリギリスのすみかは、みるみるうちにたべものでいっぱいになっていきました。

冬になりました。アリのいっていたとおり、まわりにはすっかりたべるものがなくなってしまい、あちこちで虫たちが死んでゆきました。そのなかには、むかしいっしょにうたっていた仲間もいて、かわりはてた仲間のすがたをみるだけで、キリギリスはかなしい気持ちになるのでした。

やがて、雪がふりはじめました。空から、しろいきらきらしたものがあとからあとからおちてくるのです。すこし前までは元気だったキリギリスも、だんだんとすみかを出ることがなくなり、ついには一日中ねていることがおおくなりました。さいわい、たべるものは夏のあいだにたくわえてあったので、それをたべてしのぎました。

そんなある夜のことです。だれかがたずねてきました。出ていこうとしますが、からだがもう言うことをききません。やがて、めをとじてぐったりしていると、たずねてきただれかがやってきました。いつかであった、アリでした。

「こんなところでお会いできるとは、なつかしいです。じつは、道にまよってしまって困っていたところです。むかしから、鼻がきかないのです」アリがいいました。キリギリスはすっかり弱ってしまったのに、アリはそれほどでもなさそうでした。「ぼくも会えてうれしいよ。だけど、このごろじゃもうだめだ。からだがいうことをきかないんでね」それから、キリギリスは、話しはじめました。若かったころのこと。旅先でであったすてきな仲間のこと。そして、じぶんがあれからずっとはたらいてきたこと。

「でも、何もかも無駄だったんだ。だって、どうせ僕は冬を越せない身。夏のあいだじゅううたっているのがぼくの役目だったのに。こんなにたべものをたくわえたって、いまじゃもうみる気にもなれない。なぁ、笑っちゃうだろ?俺が一生かけてやってきたことは、ぜーんぶ無駄だったんだ」キリギリスはなみだをぼろぼろとこぼしながら、それでも笑いました。アリには、ただ見ていることしかできませんでした。

どれくらいの時間がたったでしょう。「ああ、なんか、さむいな。もう、だめなのかな」キリギリスはそうつぶやいて、目をとじました。

そして、それきりひらくことはありませんでした。アリは、キリギリスにすがりついて泣きました。キリギリスのなみだとおなじくらい、かなしいなみだでした。

朝になりました。はく息もこおるようなつめたさのなか、アリはキリギリスのすみかをあとにしました。何も考えずにあるいているうちに、じぶんのすみかへたどりつき、なかへはいってゆきました。

それからしばらくして、キリギリスのすみかへ、たくさんのアリたちがあとからあとから・・・そして・・・